第5回 授業方略と ICT 活用のいろは[STC研修レポート2022]
コロナ禍を経て各校に定着しつつあるICT。しかし、対面授業がスタートし、一部の学校では停滞も見られるといいます。私立学校では以前からICTに積極的に取り組んできましたが、授業改善に結びつくICT活用とはどんなものでしょうか。中学校で一人一台の環境を実現、教員のサポートも行ってきたスクールエージェント(株)の田中善将氏を講師に迎え、実際にアプリケーションを使いながら活用法を学んでもらいました。
■研修講師
田中 善将 氏
スクールエージェント株式会社 代表取締役
今の教員に求められているものとは
私立学校では数年前からICT教育が普及し始め、各学校でタブレットやPCの導入が進んできました。コロナ禍を経て、現在ではほとんどの学校で一人一台の環境が整いつつあります。教員にもツールとしてのIT機器は定着していますが、より効果的な活用法を試行錯誤している先生方が多いのではないでしょうか。
今回の研修では勤務校のICT導入を先導し、現在は私立高校で情報科の教員としても活躍する株式会社スクールエージェントの田中善将氏に、授業改善や学力向上に結びつくICT活用について講義してもらいました。豊富な事例紹介と、アプリ等の実体験を通し、すぐに授業に使えるICT活用のノウハウが教授されました。
まず、田中氏から、現在の先生方に求められている教育と、そこにICTが深く関わっていることが提示されました。ここで、「世界最先端の教育を行う国」といわれているエストニアの事例がビデオで紹介されました。子どもたちは小学校からタブレット、ミニロボット、ドローンを使って学び、ITスキルを高めていきます。また、無料の教材がクラウドで共有されていたり、国全体でも人材育成を支援し、人口130万人の国ながら10以上のユニコーン企業が生まれていることが紹介されました。
田中氏が受講者に感想を求めると、チャットで「進んだSTEAM教育を受けていることを感じた」「楽しそうに学んでいるように見えた」などの意見が書き込まれました。
こういった世界の流れを踏まえた上で、田中氏からは、ICTとは「情報密度向上(Information)」と「意志感情共有(communication)」を促進させるためのテクノロジー(technology)であることが説明されました。
次にICT活用においては、1人の若手リーダーが急進的な取り組みを取り入れても、空振りに終わることも多いことが指摘されました。なぜなら、学校全体のICT移行には、段階があるからです。
ICT活用には「代替(紙で行っていたものをデジタルで行う)」「増強(活用の量を増やし質を高める)」「変容(授業が変わる)」「再定義(探究など新しい学びをつくる)」といった階層があり、初期の階層から少しずつ積み上げていかなければ、授業変容はできないことが説明されました。その上で、ICTの授業設計のモデルが提示されました。さらにICTで時間短縮を行うことで、アクティブラーニングの時間が確保できるということが説明されました。
ICTの活用段階と具体的な取り組み事例
ここから、いよいよ具体例に入ります。田中氏から、教育学の研究から引用した学力の向上に結びついている教育効果の項目のランキングの紹介がありました。その中で上位の複数の項目に対し、田中氏はICTで強化ができるのではないかといいます。例えば、「教師の明瞭さ(わかりやすく説明すること)」「相互教授法」「フィードバック」などは、ICTを活用することで、より効果が期待できます。
次に、ICT活用の階層の各段階の事例が紹介されました。
第一段階=代替では、アナログのものをITツールに変換する例が挙げられました。まず、ここを全教員で共有しなければ、学校全体のICT活用は進みません。
第二段階=増強では、動画活用の効果や、効率性が紹介されました。さらに、各教科でどういった「増強」を行えばよいか、事例紹介が続きます。例えば「国語」では、Googleドキュメントを使用した生徒の作文の添削作業を、実際に受講者が体験しました。
その後、社会や算数・数学などの活用事例が続きます。英語ではクイズ生成アプリの「Kahoot」を使い、受講者もクイズにチャレンジしました。
さらには、教科横断型の学習に使える無料データベースやアプリケーションの紹介がありました。ここでは社会の知識と数学のグラフ作成のスキルを使用し、データ分析の勉強やプレゼンテーションが行えることが紹介されました。
第三段階=変容、第四段階=再定義では、授業の形態が変わってきます。ここまで来ると、実際に生徒にツールやアプリを使ってもらい、探究的な学びを実現することができます。加えて、田中氏はこういった普段の教科の授業で、探究活動への「種まき」をすることが大事だと語ります。5教科の授業の中で興味を育てておくことが、「探究」時間の充実に結びつくことが強調されました。
ICTツールの効果を実証
では、実際に生徒たちにICTツールを使わせることに、教育効果はあるのでしょうか。ここで、田中氏は生徒たちからとったアンケ―トを紹介します。デジタルホワイトボードを使った授業のあと、アンケートをとると「模造紙と付箋で意見を寄せ合うのよりも意見を出しやすかった」との結果が得られました。
さらに、教員側の一歩踏み込んだICT活用の例として、子どもたちに回答してもらったアンケート結果をもとにそれぞれの生徒の「外向性」や「協調性」を分析し、そのデータを活用してバランスの良いグループ分けをする方法が紹介されました。その結果、授業中のグループ活動が非常にやりやすくなったそうです。これには受講者からも驚きの声が上がっていました。
授業方略~実際にどんな指導案を作ればよいか
最後に、ICT授業の具体的な方略が説明されました。田中氏からは指導案作成に一番大事なことは、ツールを触ることそのものではなく、学習目標を立てることだという解説がありました。実際に、どんな言葉を使って目標設定をすれば、生徒たちの達成度が確認できるかも一覧で紹介されました。
また、生徒たちの理解度をはかるため、Googleフォームなどデジタルツールを使って完全習得学習を行うことで、学力向上がはかれることが紹介されました。さらに、ここで浮いた時間で、実技課題やフィードバックに集中でき、教員の働き方改革にもつながることが説明されました。
ここで、ガニェの9教授事象のうち、「注意喚起」「前提事項を使える状態にする」「新しい事項の提示」「評価の機会を受け、理解の漏れを認知」「リマインドや転移を高める課題等で長期記憶を強化」には、特にICTでの強化が期待できることも説明されました。Googleフォームなどの活用で、こういった作業もスムーズに行えます。
講義の締めくくりには、ICT授業をする際に課題となるセキュリティについて解説がありました。生徒の情報を個人のスマートフォンでも共有することも多い現代、安全性を確認できるサイトの紹介なども交えて説明がありました。
質疑応答では、グループ学習に苦労している受講者から、生徒の性格分析に基づいたグループ分けについて質問があり、田中氏から具体的な方法の紹介がありました。
受講者にはICTを導入しつつも「上手く活用できていなかった」「手詰まり感を感じていた」といった悩みを抱える先生も少なくなかったようです。受講後は「学習目標の設定などはすぐに取り入れたい」「生徒データを参考にした指導展開は取り組んでみたい」といった前向きなコメントが寄せられました。また、ICT以前に「学習目標を明確にする」という学びの基本に共感する声が多く見られました。
さらに、実際にアプリや統計データに触れながらの実習は、より生徒の立場に立った実感が得られ、実りの多い研修であったようです。