スクールコンプライアンス~学校における危機管理[STC研修レポート2021]
学校教育の諸活動における法令順守、法律にまつわる問題は多岐にわたります。コロナ禍でトラブルの質も変化する中、初任・若手の先生には、危機管理場面と法律とのかかわり、スクールロイヤーに期待される役割と教職員のあり方について学んでいただきました。講師は私学のトラブルにも詳しい、弁護士の堀切忠和氏です。現場に即した知識や心構えを研修していただきました。
■研修講師
堀切 忠和 氏
九段冨士見法律事務所 弁護士
コロナ禍での学校危機管理
学校への保護者からのクレームや、法的な問題をめぐる対応の基本的な考え方は、ベテランだけではなく、初任者や若手の先生方にも知っておいていただきたいことの一つです。スクールロイヤーに代表されるように、学校に法律の専門家がかかわる機会が増えることが見込まれる中、上手な付き合い方や活用方法についての解説がありました。
堀切忠和氏は、学校分野のトラブルに強く、全国の約50の私立学校や団体から幅広く相談を受けています。全国的な運用状況も加えての講義となりました。
まず、コロナ禍ならではの危機管理として、最近の状況が報告されました。特徴のひとつは生徒同士のトラブルが減ったこと。これは部活動が休止していることと関係があります。その代わり、先生と生徒との関係についての相談が増えているといいます。コロナ禍における生徒のフォローをする中で発生しているといいます。「先生と生徒の距離が近くなりすぎると、全体の指導に影響が出ます。新任の方の一人ひとりに声をかけたい、という気持ちはわかるが、手間のかかる生徒に集中しすぎると思わぬトラブルを招きます」と、注意を促します。
また、部活動がない今だからこそ「裏部則」を入手するよい機会になるといいます。例えば「先輩とは同じ電車の車両に乗っていはいけない」などの理不尽な裏ルールは、社会人であればパワハラに相当するもの、つまり、学校ならいじめにもつながりかねないものです。顧問ではなく、学級担任が上手に聞き出し、押さえておくべきだといいます。
もうひとつ、LGBTQ(性的少数者)への対応も近年対応が求められる課題の一つです。とくに共学校では修学旅行や行事での対応の複雑さがあり、少しずつ相談が増えているそうです。また、LGBTQに限らず、恋愛感情が高ぶってストーカー的な行動が見られた場合には教師が解決しようと思わず、警察など専門機関の手を借りる判断をすることもポイントだといいます。
法律家が注目する学校現場
続いて、法律家が注目する学校現場と題し、スクールロイヤーについての理解を深めました。学校設置者が雇用する顧問弁護士とは別に、学校現場に法律家である「スクールロイヤー」の推進が期待されています。この両者は、役割や性格が異なります。
顧問弁護士は対保護者には強力な力を発揮しますが、学校を守るために現場の先生方とは対立関係に陥ってしまうケースもあります。現場の専門家というより、労働問題や法人経営に強い弁護士があたることも多いといいます。スクールロイヤーは現場で起きているトラブルへの具体的なアドバイスをする役割を担います。私立学校では常駐型は少なく、多くが外部の弁護士と契約する「相談型」がほとんどです。顧問弁護士とスクールロイヤーの両方を設置し、役割分担を分けている私立学校も増えているそうです。
堀切氏は学校スポーツ関連の経験、また、教員免許更新講習の講師としての経験から、現場の事情が分かり保護者の電話対応もできるプロフェッショナルですが、そうした人材はまだまだ少ないそうです。理由は、文科省や弁護士会が推進しようとしているスクールロイヤーの姿が「揺れている」ことにあります。一つは子どもの権利擁護からアプローチするスクールロイヤー、もう一つは顧客などのからの不当要求対応から出発しているスクールロイヤーです。前者は現場の先生と対立しやすく、後者は生徒や保護者、地域の要求をつっぱねるだけになりがちで、どちらも学校運営全体の観点からは活用が難しい面があります。
学校コンプライアンスでよく知られる裁判例として、サッカー落雷訴訟(土佐高校事件)、今治市小学生フリーキック事件などを挙げながら「現場の先生の悩みに寄り添う形のスクールロイヤーが育っていないことが課題。弁護士は現場で鍛えられるので、スクールロイヤー活用というよりは、今は先生方が情報提供をして教育現場に詳しい弁護士を育てていく時期」と堀切氏は分析します。
学校現場の抱える課題
学校や教員は「法律問題に弱い」と思われがちです。その原因は、法律知識が備わっていないからではありません。法律に基づいたものの見方と、学校からのものの見方が根本的に異なることに起因していると堀切氏は言います。
「先生は、この学校を選んでくれた子ども達に最大限の教育を与えたい、成長の機会を与えたいと考えます。ところが法律家は、契約を守るために最低限おこなわなければならないことは何かという点から発想します」。すると、トラブルが発生した際「落ち度」の概念も全く異なってきます。先生方は “やってあげられなかったこと” を落ち度とみなし、「もう少し~していれば、こうならなかったはず」と、道義的な責任を感じます。けれども、法律家は、やることをやっていれば、それ以上のことができなくても法的責任は負わないと考えます。
学校や先生が、法的責任の考え方と、自分たちの考える道義的な責任の区別があいまいなため、結果的に、教員に過重な責任を負わせてしまう判決はいくつもあるといいます。「やる気のある、熱意のある先生ほど、法的責任の落とし穴に落ちてしまう。自分の熱意に届かないことが必ずしも落ち度になるわけではないと知ってほしい」と語ります。
学校が議論に弱いと言われるのも力不足ではなく、保護者や地域の理解を得なければ教育活動が成り立たない以上、「説明はするが相手の理解や納得は求めない」という弁護士的な立場をとることが難しいからだと堀切氏は言います。ですから、無理に相手を説得しようとするほど説明が破綻してしまう点も陥りやすいポイントだと注意を促します。説明がブレないこと、そこから動かないことが大事だといいます。
クレームに強い学校を作る
「お客様対応係」を設置している民間企業と違い、学校はダイレクトに先生や事務員が電話を受けとる状況です。これが学校がクレームに弱い最大の理由だといいます。ですから、学級担任や部活動の顧問は直接対応せず、一度電話を切っており返すなど、第三者が入り「間」を置くことが必要だといいます。
担任をまだ持たない初任の先生であっても、これを徹底することは可能です。クレームらしき雰囲気の電話を受け取ったら、たとえ指名された先生が近くにいたとしても、すぐに電話を回さない対応ができます。「校内にいるのですが、いま、席を外しております。よろしければ私がおうかがいし、折り返させます」と引き取れば、一度落ち着くことができ、対策を立てることができます。自分が担当で状況がわかる場合でも、自分で解決しようと思わないことが大事です。校長や教頭、理事長にダイレクトにつなぐのもクレーム対応や交渉を行き詰まらせることになるので、その手前の段階で、保護者に毅然とした態度をとり、議論を平行線に持ち込むのがクレームをあきらめさせる方法になると言います。
とくに私立学校の場合は、教員個人が訴えられる可能性があります。その備えとして「教職員賠償責任保険」に加入する必要性も伝えられました。さらに、学校の「いじめ防止基本方針」の整備状況についても確認を促しました。細かすぎる基本方針は、逆手にとられて学校側が窮地に追い込まれることも少なくないといいます。首都圏の教育委員会の状況なども併せて紹介しながら、その必要性が説明されました。サイトでみられる参考例として、大妻中学高校のいじめ防止基本方針が紹介されました。いじめ防止対策推進法における、幅広い「いじめの定義」についても再確認するよう示唆がありました。
しかし、こうした態度や対応をどの学校・先生もできるとは限りません。トラブルで先生方が困らないようにするには、子どもについてのトラブルが起きたときの対応を保護者向け講演会などで、早めに伝えていくことだといいます。こうした講演会を今後は、学校側がスクールロイヤーと協力しながら企画していく必要があるといいます。スクールロイヤーを活用した予防的な学校トラブルの防止策が、議論やクレーム対応に苦手な先生や学校を守ることになる。そんな結論に初任や若手の先生方もほっとしたのではないでしょうか。
学校現場や、先生方の考え方のくせ、学校の立場にたった具体的な説明ができるのは、堀切氏ならではの研修でした。参加した先生方からは「弁護士という立場の方から直接お話をうかがえたのは大変ありがたかった。自分の視野が広がった」「全てをどうにかしようとしすぎる教員の性分を言い当てられた気がした。自分を守るためにも、線引きをはっきりさせる必要があることを学んだ」など、おおむね好評をいただきました。中には「4月に学校に勤めてから、1カ月で保護者のクレーム対応を経験した。もっと早くこの研修が受けられたら、あまり大ごとにならずに、もっとうまく対応できたのかなと思う」とのコメントもあり、本研修が初任・若手の先生方にも必要であることが浮き彫りになりました。
■開催概要
日時:2021年6月5日(土)14:10~16:10
場所:Zoomオンライン
■講師紹介
堀切 忠和 氏
九段冨士見法律事務所 弁護士
<略歴>
日本大学法学部法律学科(法職課程)卒業
平成15年10月 弁護士登録
スポーツクラブでの指導員の経験を基に、ジュニアスポーツ法律アドヴァイザーとしてスポーツ指導員等の研修講師を務めていたことから、日本私学教育研究所の実施する教員免許更新講習や10年研修などで教員の現場目線での危機管理、クレーム対応のポイントなどの講師を務める。この私学教育研究所で講師を務めたことをきっかけに教員目線での学校危機管理を中心に、私学協会や各学校、教育委員会が主催する教職員研修や、保護者向け講演、生徒向けのいじめ予防授業など学校関係での講演を年40〜50件程度行っている。 また広島県私立中高協会等でスクールロイヤーを務めるほか、流山市いじめ対策調査会など国公立私立学校における現場の問題に広く取り組んでいる。
<主な著作>
●(改訂)教職員のための学校危機管理とクレーム対応ーいじめ防止
対策推進法の施行を受けて(日本加除出版)
●「学校事故の責任と保険」(伊藤文夫編集代表「人身賠償法の理論
と実際」(保険毎日新聞))
●「いじめ予防の「出張授業」について」心とからだの健康H27.5(健
学社)
●「生徒同士のトラブルから保護者同士のトラブルに」心とからだの
健康H27.8(健学社)
●「学校とSCの連携で大切なこと」心とからだの健康H28.4(健学社)