情報活用能力の育成を踏まえた探究の進め方[STC研修レポート2021]
高校の新学習指導要領で導入される「探究」系の科目が、来年度から学年進行で始まります。より充実した深い学びを実現するには、高校にも普及しつつある1人1台のコンピューター端末環境の活用がポイントになります。今回は、東京学芸大学次世代教育推進機構准教授の登本洋子氏を講師に招き、ワークショップ形式の研修を企画しました。ZoomのほかGoogle Classroomなどのクラウドツールを活用し、参加した先生方にBenesse『探究ナビ』を用いて、探究の「ミニ体験」をしてもらいながら、どのような授業や活動が期待されているのか感じ取っていただきました。
■研修講師
登本 洋子 氏
東京学芸大学大学院 教育学研究科 准教授
「探究」の実践はまったなし
新学習指導要領の全面実施により、今年度、中学校では各教科で「主体的・対話的で深い学び」に基づく授業改善が進んでいます。また、高校では「総合的な探究の時間」ほか、「古典探究」「理数探究」など新設教科のスタートを控え、「探究」に注目が集まっています。私立中高の中には数年前から先行して実践している学校も少なくありませんし、多くの先生方が「探究」を意識しながら授業を行っていることでしょう。
今回のSTC研修は、高校「探究」の先駆者である東京学芸大学次世代教育研究推進機構・准教授の登本洋子氏を講師に招き、情報活用能力の育成と、探究の実践に向けた研修を行いました。登本氏はこれまで玉川学園や桐蔭学園で教員として探究の実践を重ねてきました。現在は東京学芸大学次世代教育研究推進機構の「高校探究プロジェクト」のメンバーとして活躍中です。同プロジェクトは各教科や「総合的な探究の時間」などにおける「探究」のプログラム、また先生方の研修プログラムの開発と全国への普及を手がけており、最先端のエッセンスをお届けできる研修となりました。グループワークが中心の内容で、前半は「総合的な探究の時間」に関する講義がありました。
2022年度から高校新学習指導要領が学年進行で実施するにあたり、「いま一度、学習指導要領を読み返してほしい」と登本氏は呼びかけます。新学習指導要領では「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」となるだけでなく、「古典探究」「地理探究」など、「探究」の名前がつく科目が新設され、「探究」の重要性はますます大きくなります。「人生100年時代」と言われる中、10代で学ぶことを嫌がらず、学び続けられる姿勢を持った人を育てていく必要がある、といいます。
「受験指導で探究をしている時間はない」という考え方も、改めなければならない時代が来ています。登本氏は東京大学のアドミッションポリシーを引用しながら、大学側はすでに探究的な学びができる受験生を求めていることを示しました。探究的な学び方を身に付けていることは大学進学にも直結するのです。
また、大学入試において「調査書の点数化」を求める「主体性等評価」をおこなっているのはまだ2割程度ですが、今後増える可能性もあります。「高校で何を学んできたのかが問われる時代になる。部活動以外に“取り組んだ”と言えるものに、探究がなってくれたらいい」と、登本氏は期待を込めます。さらに、高校での探究は、学んだことが進路や職業選択を具体化させる効果もあるといいます。大学受験や就職のためだけに探究を目的化することは避けなければなりませんが、学校推薦型入試を目指す生徒には、早めに情報を提供し、備えたいとしています。
ICTツールは授業の基盤
高校学習指導要領では、情報活用能力は言語能力と同様に「学習の基盤となる資質・能力」と位置付けられています。総則では、「各学校においては、生徒の発達の段階を考慮し、言語能力、情報活用能力(情報モラルを含む)、問題発見・解決能力等の学習の基盤となる資質・能力を育成していくことができるよう、各教科・科目等の特質を生かし、教科等横断的な視点から教育課程の編成を図るものとする」とされており、そのために「コンピューター情報通信ネットワークなどの情報手段を活用するために必要な環境を整え、これらを適切に活用した学習活動の充実を図ること」としています。探究のみならず、さまざまな教科、教育活動において情報活用能力の育成が求められているのです。
2020年度に公立小中学校では「GIGAスクール構想」の実現により、1人1台端末の整備が実現しました。高校においても整備の促進を文部科学省は呼びかけています。私立中高一貫校の場合は先行して整備が完了した学校も多く、今年度から活用フェーズに入っているといっても過言ではありません。
この日の研修では、学校向けにカスタマイズされたツール「Google Workspace for Education」を使いながら、情報活用能力の育成と探究の進め方のヒントを、受講した先生方に体験してもらいました。まず、参加者がリアルタイムで書き込みができるオンラインツール「Google Classroom」を使って自己紹介をします。授業で使うなら、生徒一人ひとりがアクセスして書き込みを促すことができ、対面では拾い上げることができなかった生徒が、発言しやすくなるといいます。オンラインでのプレゼンテーションや課題の配信なども可能で、紙ベースの授業に比べ次のようなメリットがあります。
1)複数のクラスにまとめて課題を配信でき、クラスごとの印刷物を用意する必要がなくなる
2)回答の確認・共有が容易にできる
3)他の教員と簡単に共有でき、修正や再利用も容易。授業準備時間の削減につながる
学校のコンピューターから「Google Classroom」にアクセスできなかった先生方のために、Zoomの共有画面で、Classroomの見え方も紹介されました。昨年度は「初めてオンラインツールを体験する」先生も多かったのですが、今年度は慣れた様子の先生の姿も見え、ICT活用が私学で進んでいることがうかがえました。
ミニ体験で探究の学び方を知る
続いて「探究のプロセスの疑似体験」を、参加した先生方全員がグループに分かれて体験しました。この体験は、探究にこれから取り組む教員に対しても有効ですが、登本氏は高校勤務時代に1年生に探究の最初に取り組ませたといいます。そうすることで生徒は、探究とはどんなことをするのか「見通し」や「イメージ」が持てるようになるそうです。
テーマは Benesseの『探究ナビ』から「〇〇を生み出す曲の構造はどのようなものか」を探究すること。〇〇には、「喜び」「楽しさ」などグループごとに決めます。各自がその対象にしたい曲を挙げ、「歌詞」「テンポ」「楽器」など、いくつかの視点を持って分析し、まとめ、スライドにして発表します。スライドはオンライン上で共同編集できる「Googleスライド」を活用します。探究の基礎スキルである「課題設定」「情報収集」「整理・分析」「まとめ・表現」のプロセスを体験できます。
40分後、グループごとに発表が始まりました。「喜び」を生み出す曲の構造は、どのようなものか?
に着目したグループは、ウルフルズ『バンザイ~好きでよかった』、ドビュッシー『喜びの島』、中島みゆき『ファイト!』など、各自がおすすめの曲を紹介しながら、歌詞とメロディーに着目して分析しました。「ポジティブなタイトルで聴いてみようと思わせる効果がある」「メロディーはシンプルでわかりやすく、歌詞を伝えやすい」「歌手の声質と前向きな歌のテーマが合っているため、聴く側の気分を高める」などと、まとめました。探究の基本スキルを学ぶこの体験は、身近な音楽を持ち寄ることで参加者の「人となり」も知ることができ取り組みやすそうです。先生方が楽しく取り組まれた様子も伝わってきました。
振り返りもその場で共有
今回用いた「Google Workspace for Education」には「Google Classroom」「Googleスライド」のほか、文書作成機能「ドキュメント」、表計算機能「スプレッドシート」、アンケート機能「フォーム」など便利なツールがあります。Windows系のツールでもほぼ同じような機能がそろっていることが多いようです。登本氏は、それらを生徒たちにが積極的に活用することで、「書く・話す・発表する」活動が充実し、多くの意見が収集できること、また、タイピングの必然性も生まれ自然と身に付く、などのメリットがあると指摘しました。探究とICT環境の親和性は特に高く、どの探究のプロセスでも用いることができます。また、オンラインで資料や話し合いを進められれば、いつリモート授業に移行しても探究の学びが止まることはありません。
研修のまとめは、1つのスプレッドシートにコメントが積極的に書き込まれ、リアルタイムで共有して終わりました。
「実際に探究活動の体験を行うことで、探究の時間とICTの親和性の高さを感じることができた」「グループワークでは限られた時間でも、会話をしながら分担して検索、スライド作成などを行うことができた。スライドの枠組みを事前に共有し、そこに指示も記入されていると、生徒への指示も煩雑にならずやりやすいとわかった」「探究学習を行うにあたって、情報ツールの活用は有意味であると感じた。一方で、指示が適切でなければ学習は進まないため、その部分が不安要素」「Zoomなどの会議システムを使うことで、グループワークを必要とする今回のようなワークも、実際の教室に近い形で行えることが体感できたのは大きな収穫だった」など、率直な振り返りを全員で共有できた2時間でした。
■研修概要
日時:2021年8月3日(火)16:30~18:30
場所:Zoomオンライン
■講師紹介
登本 洋子 氏
東京学芸大学大学院 教育学研究科 准教授
桐蔭学園での勤務時に、中学校・高等学校・中等教育学校における探究統括主任として、探究の授業「未来への扉(通称みらとび)」の開発および実践を行う。
博士(情報科学)。探究的な学習および情報教育について研究。
<著書> ●『学びの技』(2014年 玉川大学出版)