第1回A コミュニケーション研修[STC研修レポート2022]
コミュニケーションは教員にとって最も大きな課題です。大学入試改革やコロナ禍での行事変更、大きく変わる教育指導要領など、現代では教員にも「即興」の対応やコミュニケーションが求められているといえます。即興演劇から生まれた「インプロ」は、社会人教育にも広く応用されている手法です。インプロジャパン代表の池上奈生美氏が、「インプロ」を活用したコミュニケーション能力向上のワークショップを実施しました。
■研修講師
池上 奈生美氏
㈱インプロジャパン 代表取締役
インプロの「ゲーム」をグループワークで体験
生徒や保護者とのコミュニケーションは、ベテランの先生でも難しいものです。初任者や若手の先生であれば尚、学校現場でのとっさの対応に迷うことも多いでしょう。
インプロはもともと即興演劇によって役者の能力を高めるために行われてきた取り組みです。しかし、そのテクニックは、いまビジネスの現場や教育現場でも注目されています。インプロジャパンの提供するインプロ・シンキング・ワークショップは即興性の高い「ゲーム」を通じて、日々移り変わる現場でのコミュニケーションの力を高めていくもの。講師はこの分野では日本では草分け的存在のインプロジャパン代表の池上奈生美氏です。同社の3人のスタッフをサポート役に、初対面の受講者同士でグループを組み、体験型の研修を受けてもらいました。
まず、受講者は4人ずつグループ分けされ、それぞれのグループのテーブルへ案内されました。研修が始まる前に自分のニックネームをシール型のタッグに書き込み、それを胸に貼ります。研修中はこのニックネームで呼び合います。
時間になると、講師の池上氏から、「インプロとは?」という説明がありました。瞬時の変化を受け入れ、対応していくことが我々の日々の生活に役立つこと、そしてコミュニケーション力の向上につながることが解説されました。教室はまさに台本のない舞台です。
今回の研修ではこのゲームを通し、先生方の学校現場でのコミュニケーション能力を養成していきます。これから取り組むワークショップについて、1.直感を大切にまずやってみる 2.相手のアイデアを受け入れる 3.お互いに協力し合う 4.間違いを恐れない 5.楽しむ という5つの原則が挙げられました。その後、参加者全員で立ち上がって軽くストレッチを行いました。
グループ全体で息を合わせて課題に応える
最初のゲームでは、自己紹介をしながら、チーム内での「自分との共通点」を見つけていきます。例えば、「私は犬が好きですが、犬を飼っている人は?」「血液型はABなのですが、ABの方は?」など、共通点がありそうな項目を挙げ、グループの中で何人が該当するかを予測していきます。趣味や好みの話が多いため自然に打ち解け、笑いがこぼれます。
次にその中で2人組のペアを作り、1分間の制限時間で共通点を探していきます。最高では10の共通点を見つけたペアも生まれました。その後、今度は無言のままジェスチャーでお互いの共通点を見つけます。無言のワークでは「相手をよく見る」ことが大事だということがよくわかります。さらに、呼吸を合わせて合図なしでクラッピングをリレーしていくゲーム、講師が提示する「お題」をグループ全員で無言でパフォーマンスするゲームが行われました。
前半のゲームが終了したところで、講師の解説を聞きます。池上氏はコミュニケーションをする際、それぞれに「L(=LEADリードする)」と「R(=READ流れを読みサポートする)」の関わり方があり、この2つを柔軟に変化させることが大切だと解説しました。学校現場では生徒が求めるサポートもLであったりRであったり、その場によって様々です。また、同僚との関わりでもこのLとRをその場に応じて切り替えることが必要だということが、ワークを通じて伝えられました。
再びワークショップに戻ります。今度は2~3人組になり、講師が提示するお題について、お互いにアイコンタクトで合図しながらお題を表現する仕草をしていきます。「卒業式」「LINEのやりとり」など、表現するのが難しいテーマを、協力し合いながらパフォーマンスしていました。
その後、振り返りを行いました。「ほかの人がLになると、なんとなく任せてしまう」など、有意義な意見が交わされました。身体を動かすワークで緊張がほぐれたのか、休憩時間にも受講者同士でお互いの意見を確認し合うなど、よいコミュニケーションが行われていることがうかがえました。
「相手を受け入れる」大切さを知る
後半は頭を使うゲームが実施されました。再びグループになり、手拍子をしながら言葉の連想ゲームをしていきます。相手の言葉を受け取って、それをさらに発展させて、次の人に渡さなければいけません。即興での言葉の反射神経が求められ、とっさの対応力が鍛えられます。
その後、講師が提示した課題をもとに、1人一文節ずつ担当して、グループ全員で架空の人物の自己紹介文を作るゲームが行われました。この日の課題は「スポーツ選手」。「私は野球選手です」「私はサッカー選手です」と、その人物のプロフィールを作り上げていきました。言葉に詰まったチームにはスタッフが声をかけ、話がつながるようにサポートしていました。
講師からは、「思いがけないものを提案された時に、OKの気持ちで受け取ることが大切」「NO、否定から入ってしまうと、相手のアイデアを出す気持ちを削いでしまう」という解説がありました。学校内の生徒や同僚の提案についても、否定の気持ちから入ることが、壁を作ってしまうことがあります。逆に否定しないコミュニケ―ション、発展的なYESがあれば、その職場は「どんどん提案が出てくる場」になることが説明されました。
相手のアイデアを発展させ、全員が成長していく
「受け入れる」トレーニングに続くゲームでは、受け入れたあとの行動につながる「YES AND」のゲームがグループで行われました。課題は「夏のイベント」。相手が提案したイベントに対して、「はい」と答えたうえで「そして」と続け、新しいアイデアを加えていきます。この時、大切なのは言葉の羅列にするのではなく、必ず相手の意見を反映させたうえで、新しい提案を加えていくことです。例えば、「夏といえばスイカ」と最初の人が言えば、「はい。そして、そのスイカでスイカ割りをしましょう」と続けていきます。順番に提案していくことで、夏のイベントスケジュールが出来上がります。これまでのワークで場があたたまっていたこともあり、どのグループも笑いの多い、明るい雰囲気での取り組みとなりました。
最後ワークでは、もう一度1人一文節ずつ話して物語を完成させるゲームが行われました。それぞれの関係が出来ていたこともあり、最初よりもスムーズに文章を完成させることができました。
研修の最後に池上氏からは人と関わることで生まれる可能性、そして「YES AND」のマインドを継続することが大切なことが改めて説明されました。池上氏は「他者や自分自身を受け入れること、そして状況の変化を受け入れることで、プラスにしていくことが大切。私たちは体験を提供するだけですから、この研修の答えは先生方お一人お一人の中にあると思います」と、語ります。インプロジャパンが主催する勉強会でも、継続的な受講者には教員が非常に多いそうです。即興でのコミュニケーションの力は、まさに、生徒・同僚・保護者への対応で問われているといえるでしょう。
「演技そのものはフィクションですが、演技練習は日々のコミュニケーションにも役立つことを痛感しました」「生徒への問いかけの仕方、発信の仕方がこれまで十分でなかったことに気がつきました」「コミュニケーションゲームは保護者会などでも応用できそう」など、前向きな振り返りが数多くありました。特に「LとR」「YES AND」の概念は現場で応用できそうだという手ごたえを感じた研修者が多かったようです。一方で、「教育に結びつけたワークも欲しい」という意見もあり、もう一段発展した学びを得たいという要望も感じられました。
■研修概要
日時:2022年5月7日(土)14:30~16:30
場所:都内会場(対面形式)
■講師紹介
池上 奈生美氏
㈱インプロジャパン 代表取締役
コミュニケーションスキル向上のためのインプロを使ったプログラムをいち早く開発し、『インプロ・シンキング』(ダイヤモンド社)『インプロであなたも「本番に強い人」になれる』(フォレスト出版) の執筆。NHK 教育テレビ「シャキーン!」のインプロコーナーの監修も行い、ワークショップの監修、指導や公演のプロデュース・演出・出演など、インプロに関わるすべての業務を行っている。● 埼玉医科大学医学部非常勤講師 ● 「Chicago Improv Festival」Artistic Associates メンバー● 社団法人アプライドインプロヴィゼーションファシリテーター協会理事 ● 非営利型一般社団法人エチケット・サービス向上協会理。