第4回「学びのメカニズム」から発想する授業アプローチ[STC研修レポート2022]
文部科学省が推進する「主体的で対話的な深い学び」。日々の授業でどう実践していけばよいか模索している先生も多いのではないでしょうか。生徒が興味をもつ授業づくりは、学びのメカニズムを知ることでより精度が上がります。エイチ・アール・ディー研究所の吉岡太郎氏に科学的/体系的な学びのメカニズムを解説してもらいます。
■研修講師
講師: 吉岡 太郎 氏
(株)エイチ・アール・ディー研究所 研究員
授業の視点を因数分解する 主体的な学びとは
「主体的で対話的な深い学び」が文科省より推奨され、「新たな学び」は、ますます学校現場に求められてきています。
しかし、実際に生徒が主体的に学ぶようファシリテートしていくには、教師は具体的に何をすべきなのでしょうか。今回は「学びのメカニズム」を知ることで、よりよい授業を作るための働きかけを体感していきます。
講師は社会人の育成研修などを幅広く手がけるエイチ・アール・ディー研究所の吉岡太郎氏です。当日は対面とオンラインのハイブリッドで講義が行われました。
まず、「主体的で対話的な深い学び」とはどういった学びなのでしょうか。それを知るためには授業改善の視点を因数分解する必要があると吉岡氏は指摘します。最初に、主体的な学びとは何かを考えます。学びの主体を生徒と考えた時に、
・学習テーマに自分の周囲のことを結びつけて興味をもつ(学習前の主体的な学び)
・学習内容を自分の経験や既知のことと結びつけて理解する(学習中の主体的な学び)
・習得したことを自分の新たな身の回りの事柄に適用する(学習後の主体的な学び)
の3種類の主体的な学びがあると、吉岡氏は語ります。生徒がこの3つを実践できるような働きかけが教師には求められているといえます。
生徒たちの興味をひく問いで深い学びを導く
次に、「深い学び」について考えます。深い学びのメカニズムを吉岡氏はS.ヤングのICEアプローチ、インプット(Ideas)→プロセス(Connections)→アウトプット(Extensions)と関連づけ、どのように興味を引くか、どんな経験・体験を結びつけるか、どんな実践を示唆し促すか、がそのポイントであると整理しました。例えば小学生の理科で気体・液体・固体の学習をする時に、どんな働きかけが可能かを具体例を挙げて説明していきます。1950年代の教育者・ガニエの「9つの教授事象」に沿ったプロセスで学ぶことで、授業が改善できることが解説されました。
次のフェーズでは、参加者同士で「自身の授業で既に行っているICE」「これから取り入れることができそうなICE」を話し合ってもらいます。対面講義の参加者は隣の人と、オンラインの参加者はブレイクアウトルームで、お互いの取り組みと、今後の改善点を話し合い、貴重な意見交換の場となりました。
では、実際に授業の冒頭で生徒たちに興味をもってもらうためには、どんな問いかけが効果的なのでしょうか。吉岡氏は、実際に会場の受講者に「貧困ライン以下の生活をする人々は日本の人口の何倍?」というSDGsに関する問題を出します。答えを「0.5倍」「5倍」「50倍」と3択で示し、「2択・3択の問いは学習者をひきつける」ということを実証します。
次に、「経験・体験と結び付けて考えさせる問い」の例として、高校物理の月の重力の問題を受講生に考えてもらいます。ここでは、3人でグループワークをして答えを検討していきました。普段目にしている「月」を題材にすることでニュートン力学を学んでもらう取り組みで、さらにグループワークで話し合うことで、論理的に説明する力がつきます。この後、ほかにも学習内容に結び付けた「問い」の例がいくつか紹介されました。また、実際に自分の授業で適用できる場面を考え、受講者同士が交換する時間も設けられました。
対話的な学びが生む効果
最後に、対話的な学びが学習者にもたらす効果がレクチャーされました。1~2分でもテーマを出して生徒同士で話し合うことで、学んだことをテストに出すというのではない、豊かな学びにつながると吉岡氏は強調します。ペアワークやグループワークでは、よりわからない人からの「疑問」が発せられることによって、建設的な相互作用が発生します。わかっていない生徒に、理解が深い生徒が教えることで、学習者がより深い学びに到達できます。
こういったワークは授業の冒頭、発表も含め10分、15分で可能なワークです。この簡単なワークを取り入れることで、その後の授業がやりやすくなると吉岡氏は強調します。
さらに、シンプルな問いから複雑な問いかけまで、どんな問いを投げかけるかで、学びの領域や深さがコントロールできることを指摘します。ここでは各受講者が、実際に自分の教科に照らし合わせた問いを2種類考察。シートに記入したあと、1~2分で隣の人やブレイクアウトルームのメンバーと共有し、お互いの学びを深め合いました。
今後取り入れたいことを共有し、確認しあう
ワークの終わりに、吉岡氏から深い学びを導くには「学習後の概念を整理できる問い」「創造的に考えられる問い」が重要だという指摘がありました。習ったことの確認だけではなく、物事を比較させたり、「もし自分だったらどうしたか」と問いかけることで、生徒の学びが深まることが説明されました。
講習の仕上げとして、受講者にその場で「今回の講習で整理できたこと」「これから取り入れること」をシートに記入してもらいました。吉岡氏は受講者それぞれが「日々の授業でかなり工夫されていることを実感しました」とコメント。そのうえで、「主体的な学びをしない生徒がいるのではなく、主体的な学びを奪う授業がある」という厳しい言葉も紹介し、講義を締めくくりました。
受講後の振り返りでは「ICEや思考コードといった考え方を知り、発問や授業のステップを明確にすることができました」「発問方法、授業の組み立て方など、今回の研修で学んだことを活かしたい」といったコメントが寄せられました。
受講前は生徒に興味・関心をもってもらうための方法を模索している受講者も多く見られましたが、研修内で具体的な問いかけや、授業の組み立て方が提示されたことで、「グループワークなどに活かしたい」と、すぐに試すことができる実践的なスキルを得る体験となったようです。